最近、巷の会話で「過去形の質問=~でよろしかったでしょうか?」とともに、特に気になる言葉がある。それは「ほぼほぼ」。意味は勿論理解できるのだが、昔はこんな言い方はなかった、いつ頃から出てきた?と、気になって仕方がない。これも年を取った証拠だろうか…。
『畳語(じょうご)とは、単語またはその一部をなす形態素などの単位を反復して作られた単語をいい、合成語の一種である。畳語を形成することを重畳(ちょうじょう)または重複ともいう。 畳語は次のような、主として俗語的表現に世界的に用いられる:
- 幼児語(「おめめ」)や、それに類する愛称(「タンタン」)など。
- オノマトペア(「ガタガタ」)
- ある単語を強調するため(「とってもとっても」)
しかし言語によっては、これ以外のいろいろな文法的機能を発揮するために畳語が用いられる。』 【Wikipedia】
日本語として「人々」とか「国々」などのように同じ言葉を二回続けた語については、普段使いもするし、昔から存在することも知っていたわけであるが、畳語(じょうご)という名称があることを知ったのは、実はつい最近のこと。
上記2例はどちらも、複数あることを意味するが、その他にも「時々」や「返す返す」などの副詞的用法、「騒々しい」「白々しい」など形容詞の語根、「とてもとても」などの強調など様々な機能をもつほか、「めめ」「てて」などの幼児語にもなるという。そして、この用法が最も多く見られるのが、日本語に豊富な「オノマトペア(擬音語、擬態語)」の中ということらしい。
筆者は10年近いマレーシア滞在中に、意識することなくこの畳語を日常的に使用していたことになる。マレーシア語(インドネシア語)の特徴として、繰り返して発音する単語が非常に多いからである。これによって複数形を意味したり、関連した別の意味を持ったりすることになる。 例えば、人「オラン orang」は、orang-orangにすると「人々」に。道路標識で目にする「ジャランjalan = 通り」はjalan-jalanになると「散歩、ぶらぶら歩き」、「キラkira = 数える 」はkira-kira で「およそ」になり、「マタ mata = 目」はmata-mataで「警察」の意味といった具合。皆さん、現地で「テレマカシ terima kasih = ありがとう」と言われた時には、 「サマサマ sama-sama = どういたしまして」と返してあげましょう。
その他言語では、中国語も擬音語・擬態語に畳語が多いが、現在のヨーロッパ言語は、ほぼ俗語的表現に限られていて、英語などのオノマトペアには、母音を変えた「アプラウト的畳語」(Zigzag、Flip-flop、Cling-clangなど)というものが多いらしい。言語により若干違いはあろうが、人々が畳語から受ける印象というものはグローバルに大差がないような気がして、大変興味深い。