懐かしい旋律がくれた“昂ぶり”

先日、知り合いが出演するクラシックコンサートを聴きに行きました。
久しぶりのホールの空気に少し緊張しながら席につくと、次々と登場する演奏者たちが、いろいろなクラシック曲を披露していきます。どれも素晴らしい演奏だったのですが、正直なところ、私にはあまり馴染みのない曲が多く、静かに聴きながらも「いい曲だな」と思うくらいでした。

そんな中、コンサートの終盤で、一人の奏者がアンコールとして「カルメン」の一節を演奏しました。
その瞬間、会場の空気がぱっと変わり、私の中でも何かが弾けたように気持ちが昂ぶりました。
思えば「カルメン」は、これまでに何度も耳にしてきた曲です。テレビでも、街角のBGMでも、子どものころから自然と触れてきたメロディ。まるで、懐かしい友人に再会したような感覚でした。

あとで思い返してみて、なぜそのときだけあんなにも胸が熱くなったのか、不思議に感じました。

その答えを考えるきっかけになったのが、ニーナ・クラウスさんの本『音と脳――あなたの身体・思考・感情を動かす聴覚』(伊藤陽子訳)です。
この本の第三章には、「音を聞く経験が積み重ねられると、脳が変化する。」「より多くの時間を使えば使うほど、音をコード化するサウンドマインドの系は、それだけ大きく変化する。」と書かれています。つまり、私たちは耳から入る音をただ聴いているだけではなく、長い時間をかけて“聴き方そのもの”を脳の中に刻みつけているのです。

そう考えると、あの「カルメン」の高揚感も、偶然ではなかったのかもしれません。
何度も耳にしてきた旋律が、脳のどこかに深く結びついていて、演奏を聴いた瞬間にその回路が一気に活性化した――そんなふうに考えると納得できます。
一方で、ほかの曲が静かに心に届いたのは、私の中にまだその“音の通り道”ができていなかったからなのかもしれません。

(髙)