その床屋は、20年以上になる古くからの付き合いでお互い気心が知れているため、「長め」とか「短め」とかいうだけで、1時間後には、まぁだいたい出来上がるようになっている。果たして本当に「長め」になったか「短め」になったかは、頼んだ方も頼まれた方もはっきりしないので「まぁだいたい」ということになる。
いつもは予約した時間より少し早めに行くようにして、「稲中卓球部」か「ゴルゴ13」を読んで順番になるまで待っている。席に座ると洗髪の後、「長め」か「短め」の具合によってバリカンが入れられ、後はハサミで整えられていく。大概は、ハサミの音を聞きながら寝てしまう。
通常使われるハサミは、ステンレス製の軽いハサミで「シャカシャカ」と軽快な音を立てながらカットされる。それはそれでいいのだが、それとは別に、おやじさん自慢のハサミがあって、それは見たからに職人の道具で、「鋏」と書くのが正しいような鋼でできている。
鋼の鋏は、買ってきてからそのまま使うのではなく、自分の好みに合わせて、グラインダで削って使う(作る)らしい。錆びやすいので手入れに手間がかかるらしいのだが手に馴染むし切口が良いのだという。
なかなか登場しないその鋏は、ステンレスのような軽い音ではなく、剛質だが柔らかい感じの音がして、耳にも心地よいので、普通より早く寝てしまう気がする。
といっても、まぁ、あまり大差なく、寝てしまうのだけれど。
(和)