人間の感覚はとてもあいまいで、「近い・遠い」という概念において人は勘違いをすることが多いです。例えば、バイクが周囲の車より小さいため、実際より遠く見えてしまうことが事故の原因になるそうです(先日、運転免許の更新の講習で知りました)。絵画でよく使われる「遠近法」という手法はそういった目の錯覚を利用することに基づいています。
ところで、「音」に関してはいかがでしょうか?音を出すもの(音源)が遠いか近いか、目をつぶってもなんとなくわかります。ただ、具体的にどう違うのでしょうか?また、その違いを操作することによって「錯覚」を引き起こすことはできるのでしょうか?もしできたらそれはまさに「音の遠近法」になります。
遠い音と近い音との違いの一つはその大きさです。音は近いほど大きく聞こえることは直観的にわかります。ただし、違いはそれだけではないのです。例えば、音楽プレイヤーのボリュームを絞っても音が遠く聞こえるわけではないことがわかります。
もう一つの違いは「残響」というものです。私たちが普段の生活の中で音を聴くとき、最初に届く「直接音」の他に、様々なものに反射してから耳元に届く「反射音」もいっしょに聴いています。反射音の数はとても多く、各々が何回、どこで反射したかによって到達するタイミングや特性が変わります。この複数の反射音全体の効果のことを「残響」と言います。音源が遠いほど、直接音に対する残響の割合が大きいということが知られています。
それでは、この原理を用いて「遠近法」のような錯覚を信号処理で演出することは可能でしょうか?ある程度はできます。ヘッドフォンまたはイアフォンを使って以下の二つの音を聴き比べてみてください。一つは元々の音、もう一つはこのような原理を用いて人工的に操作したものです。後者の方が遠く感じるのではないでしょうか。
テスト音声1 (5秒):
テスト音声2 (5秒):
この効果を更に高めるためには「頭外定位」という技術を使うことができますが、それについては後日触れます。